・2026年7月31日9時12分 2870gの女の子を出産しました
・結果として母子共に無事となりましたが、個人的には結構大変なお産でして……産後ホルモンでみるみるうちに記憶が薄らぎ、良いものに書き換えられて行く前に記録に残そうと思いしたためています。
あくまで星の数ほどあるお産のひとつであり、全く同じお産はないというのが大前提ですが、出産控えて不安ある方とかは読まない方がいいかもです。私も出産前にいろんなレポ読んだけど何一つ当てはまらなかったしね……。
・というわけでつわりぐらいからの流れを全て記します。陣痛とかはもうキツすぎて正確な記憶はあんまりないんで脚色されている可能性があります。
・【つわり期】
つわりは人並みぐらいかな?匂いづわりは1ヶ月強、吐きづわりは1-2週間ほど苦しみました(プリンペランが効くタイプだったので処方後は穏やかでした)。1日1回吐くか吐かないか、調子悪いと2-3回吐く、日中は食べづわりもありなんか食べるが薄らと気持ち悪いし、常にモニター見るのがちょっとしんどい…ぐらいの感じ。
家でさめざめ泣いたりリビングで吐いたりしたけどみんなこんなもんなんだろうな〜、大変。という感じ。ちなみに匂いはコンビニが地獄でした。
・【切迫早産疑い】
そしてやっと落ち着いたと思ったのも束の間、お腹が張りやすい体質だったようで妊娠中期からは毎週のように出血。徒歩30分の通勤がよくないのかと思い電車に切り替えても続く…。
体調悪い日は最寄駅から自宅までの10分の道のりを20分くらいかけて帰ってました。お腹が張って痛くて超牛歩でしか歩けない日とかがありましたね。
検診とは別で産科にかかることも多くなり、張り止め投薬で経過観察していたところ、24週目あたりで少量ではあったけれど割としっかりと血の塊が出てしまい、切迫早産疑いという形でお仕事ストップ。早期に在宅勤務に切り替えざるを得なくなってしまいました。
今思うと破水前日に出たおしるしと本当に同じような感じだったのでここで休んでなかったら…と思うとゾッとします。
・元から早く休み入りたいな〜と思っており、社内規定の産前休にさらに夏休みと有休をくっつけて2-3週前からおやすみする予定でした。なので切迫になった結果さらに2週前の27週半ばから在宅勤務、29週半ばくらいから早めの産前休、ということで職場にも色々とご迷惑をおかけしました。でも先述の通りなのでここでご配慮いただいていて本当に良かったなと思います。
・【里帰り】
そんな状態であることを実家に連絡すると、母が元々早産の体質(兄は32週の早産/未熟児。私の時はシロッカーをしてもなお32-37週は入院していたそう)ということもあり早めの里帰りを勧められ30週半ばからは実家へ。
あたま数週間は引き続き張りと出血があったものの、両親が至れり尽くせりしてくれたお陰でやっと落ち着いてきた感じでした。と言っても早くから通勤を電車に切り替え、仕事をセーブし、早いお休みスタートなどしていたためとにかく体力が失われてしまい、2-3000歩の散歩で疲れて昼寝してしまうくらいになっていましたが…。1日15kmとか平気で歩いてた女なのに…年齢と環境、切ない。
・そんなこんなで無事生産期を迎えた37週6日目。朝8時にかなり水っぽいおしるしが出て不安だったため産院へ。結果はおしるしで破水ではないとのことで自宅へ戻る。念のため一日中何もせず安静。
・【前期破水(完全破水)】
そして翌日の7月29日朝8時、起き抜けに再度水っぽいおしるしが出る感覚があるも「昨日とおなじか」と思い朝食をモリモリ食べてお手洗いに行くと明らかに昨日とは違う「水が意思と関係なく流れ出る感覚」に襲われ破水を確信。そういう意味では前日に病院行っててよかった…と思いながらまたまた産院へ。
大層に車椅子に乗せられ院内を移動して検査した結果、前期破水(完全破水)であり、感染予防のため即入院になりました。
・【自然陣痛待ち】
受診時点で陣痛は無かったものの、「80%は24時間以内に自然に陣痛が来るから」と言われる。
夫の立ち会い希望で片道2時間掛かる旨と夜間に陣発してしまうと交通手段がないことを伝えると陣痛がきてからでも全然遅くないが、今日明日には生まれるだろうと思うので呼んでいて問題ないとのこと。夫に「今晩くらいから院内泊する?」と連絡して里帰り先に来てもらう。ところが微弱陣痛のみで全く本格的にはならず1日を終えてしまうことに。
感染リスクなどもあり48時間以内の出産が望ましいという説明も受けており、微弱陣痛しかこないし続かないし…という状況からの不安でなかなか眠れなかったところ「正しい陣痛がきたら目が覚めるから今日は体力温存のために寝ましょうね」と深夜2時ごろ眠剤(デパス)を頂く。ところがどっこいやはり残りの20%だったらしい私はスッキリ朝に目覚めてしまう…。(※夫は巡回看護が来るたび目覚めていた&同泊のベッドがかなり貧相であまり眠れていなかった様子)
・【促進剤投与開始(錠剤6錠)】
翌30日、24時間での陣痛が認められなかったことから1時間おきの錠剤型の陣痛促進剤6錠の投与を開始することに。
(これは余談ですが緑内障は慎重利用とされている薬を投与することになったため、きちんと臨床試験についてなども調べ再度所見と院の方針を説明してくださいました。素敵な副院長先生。面倒な患者で申し訳ないと思いつつ、こういうご配慮あるのは本当に安心しました。持病ってめんどい!)
お陰様で10〜16時までは薬の力で10分、8分、5分、2分おき…と順調に陣痛が進み子宮口も4cmまで開大。16時の内診では「おそらく今晩にかけて自然な陣痛に繋がりそうなので引き続き様子を見ましょう」ということで16時20分に最後の1錠をゴクリ。この時点ではまだ陣痛間欠には会話もして、ギリギリ1人でも逃すことが出来る程度の痛み。
・【自然陣痛開始】
お薬が切れたのか18-19時頃には陣痛間隔が5分おきに開き、途切れることはないが疲労からか深夜には7〜8分おきに減退。ただ痛みの強度は変わらない〜少しずつ強くなる感じ。
疲労もあり記憶が朧げではありますが、確か日を回った深夜3時ごろから、呼吸では逃せないレベルの陣痛になり半狂乱。
叫び、喚き散らしながらベッドを殴ったりベッドサイドのバーをガタガタ揺らすなど繰り返す。これが微弱陣痛な訳ないと思いどうにか内診してもらいたくナースコールを押すも、「これが2-3分おきとかであれば…」という感じで内診にも至らない。
引き続き4〜8分間隔程度でバラつきあるものの気が狂いそうになる痛み。29日からほぼ眠れていない夫が限界を迎え院内を少し散歩する間の1回の陣痛ですら1人で逃せず、ナースコールで「腰をさすってください!」と絶叫。本当にこのあたりがキツかった。
4時頃、巡回の助産師の前で陣発し、あまりの半狂乱ぶりに「ちょっと見てみよっか!」と内診してもらうと9cm〜ほぼ全開。そのまま分娩室の準備をしてもらい帰ってきて再確認した4時半前には全開に。本当にこの助産師さんがいて良かったと心底思います。間隔長いから、と放置されてたら朝まで耐えてたのか?死んでしまうよ…。
・【分娩室:陣痛促進剤(点滴)】
やっとの思いで入った分娩室、しかし疲労からか陣発がさらに弱まりいきんでもいきんでも分娩できず。間隔もわからない。てか眠くて何もかもがわからない。
1時間程経ってから?男性のお医者様が現れて、再度の陣痛促進剤の投与提案を受ける。しんどいけど後戻りできないしなにより入院から30時間以上経過していたのでもうなんでも入れてくれやってくれ早く解放してくれと即了承。
そこからの陣痛がとにかくきつい。陣痛間欠の数分に寝落ち→激痛(というかいきみたさ?なんとも言えない違和感というか…)で叫びながら起床しいきむ を2時間ほど繰り返す パニック。途中の記憶も途切れ途切れ。聞こえてきた話だと20→40→60だかの三段階の強度の点滴?を30分おきに投与だったはずなので点滴入れ始めてから1時間半。すでに3時間近く経過…。
・【分娩室:会陰切開(3cm)→吸引分娩(3回)】
それでもなお出産に至らず、助産師さんが遠くで「子宮口も全開、母体も大きい、子供も推定2900g、◯◯まで超えてるのになんでか出てこない」的な会話をしているのが聞こえる。(◯◯は聞き取れず)髪の毛見えてるよ〜とか言ってのでいいところは超えている口ぶり…。
すると女医さんが現れ、「自然分娩をもう少し頑張ってみる?それか吸引分娩でお手伝いする?お手伝いしたら1-2回で絶対いけるよ!」と選択を迫られ即座に吸引を希望。無痛分娩辞めた理由の一つに吸引分娩になる可能性が高いからっていうのがあったのに…意志薄弱…。死にかけの私のそばに立つ夫に「ちょっと子供の頭が伸びるかもしれないが許して」と有無を言わさずGO。頭が伸びる以外のリスクもあるのに説明を端折る私。本当に子供には申し訳ない…が文字通り死活問題でした。
そしてもう頭が回らないのでとにかくGOしたものの具体的な処置方法知らないや、と思い「吸引って痛い…?」と虚な目&タメ口で女医に確認をする私。(※ちなみに分娩室から一生全員にタメ口)「会陰切開して膣内にカップ入れるから入れる時ちょっと大変かも!」と聞き戦慄するが、この苦しみが何時間も続くなら多少痛くても早く終わらしたい一心で耐える。なんならこのへん「もう終わりたい」と連呼していた。
ということで陣発中に麻酔→その後会陰切開(バチン!と非常に大きな音が鳴りびっくり)、カップを捩じ込まれる感覚に気が狂いそうになる中「吸引使ったら1-2回で出るからね!」と元気に言われながら吸引!
…したにも関わらず1回目も2回目も出てこない。痛い。死ぬ。いや、痛い?なんかもうパニックで覚えてないんだけど到底その大きさまで開かない場所が開く恐怖みたいな…。皮膚どうしてそんなに伸びるの?みたいな…。
そうして「なんでだろうね〜?」がいよいよ普通に足元で飛び交う中「3回目やるね!ごめんね!」と泣きの3回目の吸引を実施、2回って言ったじゃん、もう私のHPはゼロよ………。激痛に叫ぶ私の悲鳴をBGMにやっとのことで生まれてきてくれました。分娩台で4時間半。
結果、頭が大きく臍の緒が首になかなか強めに巻き付いていたことが原因だったよう。(どれだけ頑張っても臍の緒のせいで中に引き戻されていたとか)
・【産後】
出産の瞬間には医師2名、助産師7名くらい取り囲む壮大な感じでした。聞いたら夜勤と日勤の交代の時間だったらしい。え、4時半に分娩台あがったのに…9時…?
バースプランに「グロテスクなものが苦手」と書き、頑として自分の足元が見えないようにどれだけ疲労していても膝のタオルを死守してきましたが、赤ちゃんだけは血だらけで顔の隣に寄せられても平気でした。可愛い!とかやっと会えたね!という感じというより「人の形だ!」という安堵感が大きかった気がします。大泣き。こんなに辛い思いをしたのに憎いという感情もなく、「あれらの苦痛の先にこれがあるなら2度目3度目に至る気持ちもわかるな」と差し込むように感じたので人間というのは本当によくできた生き物だと思いました。ホルモンって本当にすごいよね、信じられない。信じられないので文字として現実を記した次第です。騙されるな私。全然フルマラソンの方が2回目現実的だよ。
・しかし前期破水による感染もなく、出血量は200ml以下の超優良な結果となったのでもっとヤバいお産の人を思うと本当に出産という行為の恐ろしさをひしひしと感じた次第です。緊急帝王切開だけは避けられたのでよかった…そうなったら役満すぎる…。でも会陰縫合中に女医さんから「でもこれで全部厄落としできたじゃん♩」と言われこの人好きだなあと思ったりしました。そういえば後厄だったし…。
もうすでに記憶が薄らいでいる箇所もありますが、最後の方の陣痛はとにかく怖かった…促進剤使ってたのもあるんだろうけどパニックでとにかく震えてました。
あと文字にすると本当にさらっとした内容になっちゃうんですが特に分娩時は「陣痛いつ来る…?陣痛くるタイミングわかんない!」「(痛みで覚醒)!!.!アアアアア、嫌!!こわ、ッハ、ゔゔゔゔゔ(過呼吸)!!!無理ぃぃぃ!」「もう無理ィ…」みたいなことをマジで数時間叫んでいました。
・多分シンプルに私が痛みに弱い、基礎体力がない、初産にしては少し年齢が高めなど様々な要因が絡んでいると思いますが、生活を重ねる中でどうしても変えられない箇所(仕事内容や体質による安静期間の必要さなど)も多く、最終的には「安産であることを神に祈るしかねえよな」というのが感想です。人のお産レポなんてガチで役に立たない 改めてこれは自身の忘備録でしかないなと思います。
・ただ男性陣にはもし可能なら立ち会いをおすすめしたいなと思いました。奥様はあなたの子供を死に物狂いで産んでいますよ。
でも奥様が我慢強くて静かなお産や安産だったらそれはそれで「妊娠出産チョロw」みたいなナメた態度とる人も出てくるのかな。そんなやつ殺してしまいそうだ…。どれだけ望んでも男性は妊娠出産できないけど、出来ないからこそ本当に寄り添ってほしいなと強く思いました。
こうして妊娠出産を終えたわけですが、妊婦と経産婦により一層優しくできる気がします。あとは安全で痛くないお産の方法が見つかることを願うばかりです…。
・ちなみに、後日談として様子を見にきてくださった義母に夫の出産の流れを聞いたところ、前期破水→陣痛促進剤→過強陣痛→吸引分娩 とほぼ私と同じルートを辿っており戦慄。そして我が娘は夫と同日生まれ。う、運命なのか…?!
それでも3人産んでおられるお義母様、尊敬です。
・子を持つ、持たない、持てない…様々な在り方があるこの世の中で、私は「出産」に至ったわけですが、改めて命と向き合う行為を経て、どのように生きるかに正解も不正解もないんだなと感じています。
しかし私は産むという選択をした以上は責任と愛を持ってひとつの命と向き合っていきたいと思います。世の生きる人全てに感謝と尊敬を!以上!






















